撫子の花もとくゆれ汝は友と離れ行くとも名は残してな
なでしこのはなもとくゆれなはともとはなれゆくともなはのこしてな
なでしこのはなもとくゆれなはともとはなれゆくともなはのこしてな
やさしいこといてきゆるはたまのひのまたはるゆきてひとこいしさや
よぎしゃくるくやしいなみだがつとひとつかたみないしゃくるくやしきよ
しらゆきやまいてしたみよかわかぜかわがよみたしていまやきゆらし
ながつきのとひくるかともしあんせんあしもとかるくひとのきつかな
くさばなのいつにさくらむわがなかなかわむらくさについのなはさく
もがみがわゆきそとふけぬへだてきてたへぬけふとぞきゆわがみかも
ふゆくさのさくがむなしとみきのべのきみとしなむかくさのさくゆふ
やむなしとみきへきざむなさいごのこいざなむさきへきみとしなむや
しなむかはかわのべのくさなはしらじはなさくのべのわがはかむなし
つまのまつかわいまもなはくさにきにさくはなもまいわがつまのまつ
ゆきはまいやはにつまきしなかばみはかなしきまつにはやいまはきゆ
柿本人麻呂の自傷歌として有名な、いわゆる鴨山5首を題材にした。
この鴨山5首は梅原猛の「水底の歌」(第1回大佛次郎賞)の主要な題材となっている。
この本のテーマは謎の歌人柿本人麻呂の終焉の地はどこか、というものだが、非常に大胆な仮説を展開している。
この本の中で斎藤茂吉説を完全否定しているのだが、最近柿本人麻呂の歌自体を見直す傾向もあるようで、ひょっとしたら斎藤茂吉説もこの梅原猛説も根本から覆るのかも知れない。
これについては、いつか「気になる歌」で取り上げたいと思っている。
そひまたせしなのぢのいつとひしはしひとついのちのなしせたまひそ
古事記に大国主命が高志(こし)の国で妻問をしたとき、答えた沼川比売(ヌナカワヒメ)の歌の中に「命はな死せ給ひそ」という言葉があった。
そのまま訳せば「どうぞ命をお死なせにならないように」となる。
頭が頭痛みたいな言い方が面白くて使ってみた。
もともと「死ぬ」という言葉は「萎なゆ」からきているらしい。
命が萎びて行った末に死がある。だから「命を萎びさせませんように」という言い回しは普通の言い方なのである。
ながきよのかなしといとひなみのねのみなひといとしなかのよきかな
らくさえやつみにやあらむのこしきしこのむらあやにみつやえざくら
ゆずるはのよみちたたづむらかんさんからむつたたちみよのはるつゆ
けふけふとせかすこひすなまつはなはつまなすひこずかぜとふけふけ