大津皇子 万葉集巻2 107
あしひきの山のしづくに妹待つとわれ立ち濡れし山のしづくに
石川郎女 万葉集巻2 108
我(あ)を待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくにならましものを
歌自体は特にどうということの無い相聞歌だが、問題なのは大津皇子が山で石川郎女(いらつめ)を待っていることである。
この時代は男が女の許へ通うのが通常であって、こんな風に女が出向いてくるというのは不倫などの訳ありの場合がほとんどである。
石川郎女については伝不詳で、どういった女性かわかっていない。しかしこのやり取りから大津皇子と石川郎女の関係は通常ではないことが想像できる。
つまり石川郎女はだれかの妃で、これは不倫関係ではないかということである。
とするとやはり因縁の草壁皇子(皇太子)の妃だった可能性が高い。
草壁が石川郎女にあてた相聞も残っているからである。
次の歌も同じ石川郎女に関する大津皇子の歌だが、これは占いに関係してくる。
大船の津守が占に告(の)らむとはまさしに知りて我(わ)が二人寝し
「津守めの占いに出るなんて承知の上で俺たちは二人で寝たんだ」(「大船の」は「津」にかかる枕詞)
津守というのは陰陽道の名手と言われた津守連通(つもりのむらじとおる)の事である。
大津皇子は自分と石川郎女の関係を占われた事を怒っている。そして「そんな事は知ったうえで寝たんだ」と開き直っている。
大津皇子は誰かが津守に命じて自分たちの関係を占わせた事を怒ったのである。
これは明らかに政治的意図のもとに行われた占いであり、この二人の関係が例え何にも無かったとしても、同じ結果が出る類のものである。
だから大津皇子は「そんな事(占いに出る結果)は分かりきっている」と言って怒っているのである。
多分命じたのは鵜野讃良(うのさらら)皇后(後の持統天皇)だろう。
この一風変わった恋の歌から分かることは、
○ 二人の不倫(?)は周囲に知られていた。
○ 誰かがこの不倫を表面化するため、津守に占わせた。
○ 占いの結果を政治的に利用しようとした。
という事である。
これは実に危ない状況が大津皇子に迫っていることを予感させる。
草壁は病弱だった。石川郎女がその妃だったとして、不倫に走る可能性はたしかにあっただろう。
鵜野讃良は第二弾として僧行心を送り込み、人相占いをさせて大津皇子の謀反を唆した。しかし頭の良い大津皇子は下手に言質を取られるような事はなかった。
彼らは最終的に川島皇子を通報者に仕立て上げ、ついに大津皇子を処刑したのである。
こんな想像をしてしまうのは、歴史的に前例があるからである。
允恭天皇の皇子、木梨軽皇子とその妹、衣通王(そとおりのおおきみ)の関係が占われ、結果二人は心中、日本最古の心中事件として古事記に記されている。
だがこれは古事記の記述通りの表現で、実際はクーデターだった。
また有間皇子は都の留守官を務めていた曽我赤兄に謀反を唆され、思わず「今こそ兵を用う時」と叫んでしまった。その時皇子の脇息が倒れ、不吉なものを感じた皇子は慌てて屋敷へ帰るが、翌朝屋敷の周りは赤兄の兵で取り囲まれていた。
結果皇子は紀の湯に滞在中の中大兄皇子のもとへ引き立てられ、その帰り道絞首刑となった。
勝者は歴史を作り敗者は文学を遺すと言われるが、特にこの時代の万葉歌には、一見何気ない歌でも裏に重大な事柄を暗示するものが多いのである。