白鳥の舞いて能褒野の終の地の厳野の炎の手いま呪詞らし
しらとりのまいてのぼののついのちのいつののほのていまのりとらし
古事記から日本武尊(古事記での表記は倭建命)の死を題材にした。
日本武尊は戦いの最期、荒ぶる神の変身した白い大猪に触れ、能煩野(のぼの)の地に倒れた。
尊の魂は一羽の白鳥となって空に飛び去っていく。
この戦いの前、尊は美夜受比売(ミヤズヒメ)の枕元に神刀天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)(草那芸剣)を置いたまま出かけてしまった。
それまで尊が勝利してきたのには伊勢の神の加護があったのだが、その大切な神剣を手放した為の死と言える。
私の住む静岡市に草薙という地名が有り、そこに日本武尊を祀る草薙神社(写真)が有る。
県道沿いに大きな鳥居が有り、そこから山道を登った所にひっそりと佇む鄙びた小さな神社である。
景行天皇が日本武尊の足跡を辿った際、この神社に草那芸剣を奉納した。しかし後に天武天皇の勅命により熱田神宮に移されたという。
追記 2017/6/3
先日古代エジプト展を観た。
興味深かったのは古代エジプトでは人間は「肉体」「バー(魂)」「カー(精神)」「名前」の4つの要素から成っていると考えられていたそうで、死ぬと「バー」は鳥(人頭の鳥)になって飛び立つのだそうである。
日本武尊の場合と酷似していて、古代人の死生観はほぼ同様な物だと思った。
また名前が人間の構成要素とされている点も、日本の場合と類似している。
