源氏物語(回文短歌)
与謝野晶子訳の源氏物語には、各帖ごとに与謝野晶子の短歌が添えられています。
調べてみると未だかつて全54帖に回文での短歌を添えた人がいないと分かり、挑戦してみました。
私の盟友徳永未来さんが通常回文で、私が回文短歌で二人励まし合い競い合いして、4か月掛かって全帖完成しました。
1帖読むごとに最低でも一首回文短歌を添えながらだったので、全帖完成するには4か月掛かってしまいました。
その全54帖分は「回文短歌で綴る源氏物語」に掲載してあります。
このブログでの「源氏物語」カテゴリーはそこからの抜粋で、いわば自選集です。
ここでは帖数は順不同ですが、その帖の簡単な説明を付けたので、回文短歌の言わんとするところはあらかた分かっていただけると思います。
挽歌(回文短歌)
挽歌は挽(ひ)き歌のことで、死者の棺を挽くときに歌う歌のことです。後に死者を悼む歌となりました。
挽歌カテゴリーには数は少ないですが、私の私的挽歌のみ掲載しました。
桐朋学園で声楽家を目指していた最愛の姪の若すぎる死を悼む回文歌です。
別れ川(回文短歌)
私が回文短歌を作り始めた最初期の歌です。
表題通り別れがテーマです。
ほがひ歌(回文短歌)
別れ川以降の作で、時事関連の歌やジャンルに関係なくその時々に作った歌です。ほとんどが宮崎二健さんの「回文迷宮」に投稿した作品です。
表題の「ほがひ」は万葉集の「乞食者(ほがいびと)の歌」から取りました。
「乞食者の歌」は万葉集の中でも特に古いもので、昔から人々の間で歌われていたいわゆる上代歌謡と言えるものと思います。
乞食者とはそういう歌を身振り手振りを加えながら歌い、村々を廻っていた人たちだと思います。
鏡のカノン(回文)
このカテゴリーは短歌ではなく、通常の回文です。
時事ネタが多く短いものばかりです。
モーツアルトの曲に「鏡のカノン」という奇跡のような曲があります。それは楽譜を挟んで二人の奏者がそれぞれ逆向きに同時に演奏することで美しいハーモニーが生まれるというものです。
回文はよく「鏡の言葉」などと言われます。
回文を始めたころのブログの題名に、この「鏡のカノン」を拝借していました。
いろは歌
いろは歌とは、「色は匂へと 散りぬるを・・・」
のことですが、同じ手法で作ったものを便宜上「いろは歌」と言っています。
ルールとしては50音の文字全てを使い切り、同じ文字は一度のみしか使えないというものです。つまり50音のアナグラムです。
細かいルールを言えば人によってかなり違ってきます。
例えば「ん」を使うか使わないか、「ゐ」「ゑ」を使うか使わないか等です。
「ん」は正確に言えば50音には無い文字なので、使わないという人も居ます。同様に今では「ゐ」や「ゑ」も使わない場合が多いかもしれません。
ただ言えることは、使った方が楽とか難しいとかは特に無いと思います。
私の場合特にこだわっていません。
今様風に七五調にする場合などは、全てを使うと48文字と丁度良い文字数になるので使っています。
歴史的に言えばこの「いろは歌」以前に「あめつちの詩」というのが有りました。
どちらも作者は分かっていません。
「いろは歌」は弘法大師の作だとか、柿本人麻呂の作だとかの説が有ります。
しかし現代でこそ日本語は50音ですが、上代では80音以上有ったそうです。
発音には甲類と乙類が有って、万葉仮名では使う文字が異なっていました。いつの時代から50音になったのか知りませんが、少なくとも「いろは歌」は50音になってからの作でしょう。
またこれも有名な話ですが、「いろは歌」を7文字で改行して書くと、最後の文字が「と、か、な、く、て、し、す」になり、「咎無くて死す」という暗号が含まれているなどと言われています。
これも真偽のほどは分かりません。
実際に作ってみるとかなり難しいです。細かいことにこだわらずに挑戦してみると面白いと思います。
気になる歌
回文短歌を趣味として始めた頃から、題材にと上代歌謡や万葉集などを読むようになりました。
万葉集で言えばほぼ1300年前からの歌で、そんな昔に生きた人たちの生の声がそのまま残っています。
それだけでも興味深いのですが、その作者の本当に言いたかったことを考えながら読むことでより興味が増します。
とくに初期万葉集には、なんらかの寓意を含むと言われる歌も幾つか存在します。
それらに私なりの考えを書いてみました。
言うまでもなく素人の勝手な解釈なので、的外れの事も多々あると思います。
こういう観点から鑑賞するのも万葉集の一つの楽しみ方だと、気軽に読んで頂ければ幸いです。
ブログという形式上、数回に渡ってのものは下から読んでいただくことになります。悪しからず。
この「気になる歌」カテゴリーには回文は有りません。