志貴皇子 万葉集巻3 267
むささびは木末(こぬれ)求むとあしひきの山のさつをにあひにけるかも
むささびは高い木の上に登ろうとして山の猟夫に遭ってしまった。
これは岩波の『新日本古典文学大系』の訳文である。意味としてはこれ以外に無いという実に分かりやすい歌である。
志貴皇子は川島皇子と共に天智天皇の皇子で、壬申の乱の後は天武天皇のもと厚く庇護されてきた。
しかし天武天皇亡き後、持統天皇の時代には不遇の日々が続いたと思われる。
権力抗争の嵐の中、皇子は巻き込まれないようにじっと身を潜めていたことだろう。だから皇子の歌はどこか寂し気な陰を持つ。
数は少ないが皇子の歌はどれも名歌として知られる。
万葉集巻1 51
采女の袖吹き返す明日香風みやこを遠み徒に吹く
万葉集巻1 64
葦辺行く鴨の羽がひに霜降りて寒き夕べは大和し思ほゆ
これらは特に有名な歌だが、むささびの歌はちょっと趣が違う。
今は廃墟となってしまった明日香の里を吹き抜ける風のむなしさはそのまま皇子の心であり、鴨の羽がひに降る霜の冷たさも身に染みる実感としてのものだろう。
しかしむささびの歌はどこか冷たく言い放っている感じがする。
「むささびは木の高い所に登ろうとして猟夫に見つかってしまった」、たしかにむささびにとっては不幸な出来事だが、そこに皇子自身の思いを託すような表現は無い。
なぜ皇子はこんな素っ気ない歌を残したのだろうか。
実を言うとこの歌は、何らかの寓意を含む歌ではないかと指摘するものも多い。
となればこれは大津皇子謀反事件の直後でもあり、自分の兄、川島皇子が無慈悲な通報者として、周囲から冷たい目で見られていたことからも、このむささびは大津皇子を指しているだろうと想像できる。
となればこの歌は、「大津皇子は天皇の地位を得ようとして、捕らえられてしまった」という意味になる。
時の最高権力者である持統天皇に阿った歌になるが、果たしてそれが皇子の真意なのだろうか。
持統天皇の意に沿う歌を作るのなら、わざわざ分かりにくいむささびなどに託す意味がない。
もっと直接的な表現をした方が余程効果的に思える。
私はこの歌は、一見大津皇子を揶揄するように見せかけて、実は事件の真相を暗示する巧妙な歌だと思う。
なぜこんな表現をしたかと言えば、それはまだ持統天皇の時代だったからである。