啄木と小奴に、二首

koyakko
小奴
白雪の水際に居よる案山子見しかかる宵には君の消ゆらし

しらゆきのみぎはにいよるかかしみしかかるよいにはきみのきゆらし

啄木
かじかむ手駅路地来れど冷える夜酔ひどれ釧路消えて昔が

かじかむてえきろじくれどひえるよるゑひどれくしろきえてむかしが  2009/1/19

 

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野口雨情が『石川啄木と小奴』という文章のなかで、北海道時代の石川啄木と芸者小奴のエピソードを紹介している。
まだ無名の一新聞記者に過ぎない赤貧の啄木を、何くれとなくめんどう見たのが芸者小奴だった。
啄木はそんな恩人小奴を捨て、何も告げずに東京へ逃げてしまった。
その後生涯啄木は小奴に連絡をとることすらしなかった。
野口雨情は小奴を哀れに思い啄木に意見したことがあった。
その時啄木は何も言えず実に悲しそうな顔をしていたので、それ以上は何も言えなかったと書いている。

一握の砂 石川啄木

死にたくはないかと言へばこれ見よと
咽喉(のんど)の疵(きず)を
見せし女かな

 

これは啄木が小奴のことを詠んだ歌だが、私が大学生の頃、当時啄木研究の第一人者と言われた岩城先生から「これは本当はおできの痕で、自傷の傷ではない」と聞かされた。岩城先生は小奴から直接聞いたそうである。

もう50年以上前のことだが、好きな歌だっただけにショックで未だに覚えている。

 

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