我が背子がい立たせりけむ  額田王の難訓歌(3)

有間皇子は聡明な若者だった。死の直前に詠んだ挽歌二首を見ても並の才能でないことは明らかである。

そんな有間皇子がある日突然奇行に走りだす。皇子が気が触れたという噂はあっと言う間に広がった。

皇子は我が身を守るため狂人を装ったのである。

そうしないと命を狙われるという危機感が皇子にはあった。そんな皇子の境遇を思うと、実に切なく悲しい気持ちになる。

孝徳天皇崩御の後、皇極天皇が重祚し、斉明天皇となっていた。

斉明は甥の有間皇子を可愛がっていた。だから気が触れたことを大変心配し、紀の湯に湯治に行ってはどうかと勧める。

皇子は紀の湯から戻ったあと、斉明に「大変良い所でした。病気もすっかり良くなりました」と報告した。

斉明は大変喜んで、自らも紀の湯へ行幸することになった。

この行幸に同行したのは、中大兄皇子、中命皇(なかつすめらみこと 間人皇女?)、額田王、など宮廷の主だった人の大半である。(大海皇子は同行していないと思う)

これで明日香の都はほぼ空となり、留守を預かったのが曽我赤兄である。

有間皇子は赤兄に話があるからと誘われ、赤兄の屋敷に向かう。

そこで赤兄は皇子に斉明天皇の失政を説き、今こそ立ち上がる時ですと謀反を唆す。

皇子は思わず「今こそ兵を用う時」と口を滑らせてしまう。

その瞬間皇子の脇息が壊れ、はっと我に戻った皇子は慌てて屋敷に戻り寝てしまう。

翌朝目を覚ました皇子の屋敷の周囲はすでに赤兄の兵に取り囲まれていた。

こうして皇子は捕らえられ、謀反の罪で紀の湯に居る中大兄皇子のもとへ引き立てられることになった。

 

 

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