知らぬ地を 畏みて汝は 親の敵 気高き戦 宮の目の
野路身添ひしは 十市なる 夜半に哀れは しみ通る
死にはさせじと 生臭く 眼とじせさば にじる音
見し吾は兄 はやるな血 音端ひそみ 東雲の
闇裂く息か 猛き手の 矢を放て皇子 滋賀を血濡らし
しらぬちを かしこみてなは おやのてき けだかきいくさ
みやのめの のじみそひしは とおちなる やはにあはれは
しみとおる しにはさせじと なまぐさく まなとじせさば
にじるおと みしわれはあに はやるなち おとはしひそみ
しののめの やみさくいきか たけきての やをはなてみこ
しがをちぬらし 2009/12/13
元歌
万葉集 158 高市皇子
山振の立ち儀(よそ)ひたる山清水酌みに行かめど道の知らなく
壬申の乱を題材にした長歌。
十市皇女(とおちのひめみこ)は大海皇子と額田王の間の娘で、滋賀朝の皇太子大友皇子の后。
十市皇女を詠った歌は万葉集に四首載っているが、そのうち三首までが高市皇子の悲しみの挽歌である。
十市皇女にとって高市皇子は腹違いの兄弟であり、夫の仇でもあり、恋仲でもあった。
続日本紀 の記事をみると彼女の死は自殺だった可能性がある。