弟へ「挽歌」

大伯皇女に擬えて
夕陽な落ちそ二上に 月出ぬ里へ背子送り
姉し吾居んまほろばの 安らめる家四方え消む

 ゆうひなおちそふたかみに つきでぬさとへせこをくり 

あねしわれゐんまほろばの やすらめるいゑよもえけむ  07/07/22

大伯皇女は大津皇子の姉で、母太田皇女が早世したため、姉弟二人だけで幼少期を過ごした。

大伯皇女は史記に残る最初の伊勢斎王である。

大津皇子の謀反事件の切っ掛けとなった伊勢参拝は斎王である姉を訪ねたのだが、大伯皇女にとってその故に弟が刑死したことはより以上に悲しみを増す要因となった。

この日の最期の別れを大伯皇女は歌に遺している。

我が背子を大和へ遣るとさ夜ふけて暁露に我が立ち濡れし

 

暁(あかとき)は深夜の2時頃というから、この二人は4時間ほど別れを惜しんで外の露に濡れながら立っていたことになる。

この歌以外にも大津皇子の亡骸を二上山に移葬する時の歌等、全六首が納められている。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です